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1999年頃まで、AT互換機の世界には完全無欠といっても過言ではないチップセットが存在しました。それが、Intel82440BXです。登場は1998年ですが、PC/100メモリに対応、FSB100MHzのサポート、Ultra ATA/33等、機能面では当時の市場の要求をすべて満たしていました。他社製品と比較して性能も高く、組み合わせる機器との相性問題もほとんど発生しないという理想的なチップセットでした。当然市場での人気も高く、当時PentiumII/IIIなどのIntel製CPUを使っていた人の間では圧倒的なシェアを誇っていました。その後継となるべく開発されたチップセットが、Intel820です。
Intel820は、本来ならば440BXの後継として、登場前から主役の座が約束されていたチップセットでした。440BXの成功を引き継ぎ、市場の覇者となるために生まれてきたのです。
しかし、ふたつの運命がi820を苦しめます。
i820の最大の特徴は、PC用のチップセットとして初めて、メインメモリにDirect RDRAMを採用したことでした。また、先に出荷されていたi810と同様に、各種コントローラがPCIバスで接続される従来の構成から脱皮し、新たにハブアーキテクチャといわれる構成となりました。さらにIntel製チップセットとしては初めて133MHzのFSBに対応しています(実際の出荷はIntel810eの方が早かったようです)。このように、i820はそれまで長い間一般的だった構成を一新し、技術面においてはかなり意欲的な仕様となっていました。ところが、それが同時に最大の弱点を生み出す原因にもなってしまったのです。
振り返ってみれば、メインメモリとしてDirect RDRAMを採用したことがi820の運命に強く作用したことは疑いようがありません。まず、登場前からi820はDirect RDRAMに悩まされていました。メモリ周りのトラブルのために、予定よりも大幅に出荷が遅れてしまったのです。当初の予定では、i820は1999年の春には出荷されるはずでした。しかし実際には出荷は秋になり、その秋の出荷直前にもまたメモリ周りの問題が発覚し、さらに出荷が延期されています。
ちょうどこの頃、Intelはそれまで100MHzだったPentiumIIIのFSBを133MHzに引き上げようとしていました。Intelの計画としては、FSB133MHz版のPentiumIIIに対応するチップセットとしてi820を同時期に出荷する予定だったのでしょうが、i820の延期によって、FSB133MHz版のPentiumIIIのみが先に出荷されることとなりました。このため、市場は一時的に、FSB133MHzのCPUはあってもそれに見合ったマザーボードがないという状況に陥ってしまいました。
その後なんとか出荷は始まりましたが、メインメモリとして利用されるDirect RDRAMは、あまりに高価でした。当時128MBのPC/100 SDRAM DIMMは1万円台前半の価格で購入できましたが、同容量のDirect RDRAM RIMMは8万円程度もの価格でした。Direct RDRAMは高価であり、その価格が普及の妨げになることが予想されたため、i820はMemory Transfer Hub(MTH)というチップを介してPC/100 SDRAMを利用できるようになっていました。このチップを介してSDRAMを利用すると本来の性能が発揮できないといわれていましたが、これは将来的にはDirect RDRAMへ移行するとしても、さしあたり安価なSDRAMを利用したいという要望に応じるための、いわばアップグレードパスとしての選択肢だったわけです。ところが、年が明けた2000年の春に、このMTHのトラブルが発覚し、回収騒ぎとなってしまいます。しかし、皮肉なことに、i820自体の普及率がさほど高くなかったことが幸いし、騒ぎは大きくならずにすみました。
i820を苦しめたもうひとつの運命が、440BXの後継として生まれてきたことです。冒頭に述べたように、Intel82440BXというチップセットは、市場において空前絶後の大成功を収めました。長い間市場においてスタンダードであり続けたため、440BXを選んでおけば、相性や性能面、動作の点で絶対に安心であるという神話まで生まれたのです。もちろん440BXの神話が実際にはすべて正しかったわけでもなく、やや誇張があったことも確かです。しかし誇張された虚像であったとしても、後継者にはそれを超える義務が生じます。i820には、Intelが望むと望まざるとにかかわらず、誇張されて肥大した440BXの虚像を乗り越え、神話を引き継ぐ義務があったのです。結果としてi820は、市場に存在するいかなる機器と組み合わせても相性問題が出ることは許されず、ベンチマークテストで他社製品に遅れをとれば存在意義が危うくなるという過酷な運命を背負ってしまったのです。
i820のDirect RDRAMの利用時のパフォーマンスは確かに440BXと比較して高かったのですが、劇的なほどの差があったわけではありませんでした。にもかかわらずDirect RDRAMの価格はSDRAMの数倍どころではなかったので、言ってみればDirect RDRAMはユーザーにとってまるでメリットのない製品だったのです。さほど上がらない性能と理不尽な価格のメインメモリ、さらには先に述べたMTHの不具合により、i820が持っていたIntel製チップセットとしての権威は失墜してしまいました。440BXほどの信頼も得られず、Direct RDRAMの価格に足を引っ張られ、不具合まで出してしまったi820はユーザーから敬遠されるようになってしまったのです。
i820以前、PCを組み立てるにしても、メーカー製品にしても、PentiumIIIと440BX、それが最良で最善の定番でした。PentiumIIIのFSBが133MHzとなり、440BXに替わる定番は当然i820となるはずでした。しかし、そのシナリオはi820が出荷されてさほど時間がたたないうちに、すでに破綻していました。PentiumIIIを利用してハイエンド志向のPCを組み立てたいと思ったとき、チップセットの選択肢にi820を残しておく積極的な理由はほとんどなかったのです。
しかし、i820を選択しなければ、Intel製チップセットでFSB133MHzのPentiumIIIを利用することが事実上不可能な状況ではありました。厳密にいえば統合型チップセットのIntel810eがFSB133MHzに正式対応していたのですが、i810eは外部AGPが利用できないため、どちらかといえばハイエンド向けのFSB133MHz版PentiumIIIとは釣り合わず、積極的に組み合わせようという人はあまりいなかったようです。この状況に乗じて急激にシェアを伸ばしたのがVIA製のFSB133MHz、PC133 SDRAM対応チップセットです。具体的にはAGP4Xにも対応したApollo Pro 133Aで、FSBとメモリクロックの柔軟な組み合わせが可能であることが特徴です。性能では440BXに及ばないといわれていましたが、何よりもFSB133MHzとPC133 SDRAMの両方に正式に対応しているチップセットが他に存在しなかったため、オーバークロックするなどの手段を除き、これらを利用するためにはApollo Pro133シリーズしか選択肢がなかったのでした。
それからしばらくの後、Intelはi810eを改良したi815Eというチップセットを発表します。i815Eはビデオコントローラ統合型のチップセットですが、ようやくPC133 SDRAMに対応し、当然133MHzのFSBクロックにも対応しました。i815Eはビデオコントローラの必要性やコストの高さなど数々の疑問の声が上がっていたにもかかわらず、i820とは対照的に、登場すると瞬く間に普及してしまいました。そして、機能的には統合型チップセットの延長上にあるものとはいえ、市場では440BXの正当な後継と評価されるようになりました。派生製品にi815EPというビデオコントローラを省いたものもありますが、統合型チップセットとして開発されていたものをベースにしているため、メインメモリの最大搭載量が512MBなど、やや中途半端な部分もありました。しかしそれでも、普及の早さを見れば、市場が求めていたものは明らかです。少なくとも、市場はDirect RDRAMを求めてはいなかったのでしょう。
i820が超えようとしたもの、440BXはあまりに偉大すぎました。440BXと何らかの機器を組み合わせて不具合が出るなら、悪いのは機器の方だとまでいわれました。いわば絶対正義として、440BXほど人々に信じられたチップセットはなかったのです。i820が440BXを超えられなかった理由は、あるいは単なる戦略の失敗であったのかも知れないし、あるいは長く市場に君臨し続けた440BXの存在がもはや虚像であり幻想であったからかも知れません。いずれにしても、神話を受け継ぐべき者はその役割を果たせぬまま、歴史の蔭に埋もれてしまったのでした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| Intel 820/Codename Camino | |
| MCH(Memory Controller Hub,ノースブリッジに相当) | |
| プロセッサバス | P6,66/100/133MHz |
| CPUソケット | Slot1/Socket370 |
| メインメモリ | Direct RDRAM(PC600,PC700,PC800) 最大1GB |
| AGP | 1X/2X/4X |
| チップ間接続 8bit width,133MHz DDR(266MB/sec.) | |
| ICH(I/O Controller Hub,サウスブリッジに相当) | |
| IDE | Ultra ATA/66 |
| Sound | AC'97 Audio Codec |
| USB | 2ポート |